アーティストインタビュー

西郡友典

青い空の日に

西郡友典(写真家)

旅に出ましょう。きらめきに出会いに。青い空の日に。

目の前の景色が、ときおりキラリと光って見えた気がするときがあります。
例えば、傍らに誰かがいたなら、「見て、見て!」って指さして伝えたくなるような、気持ちがすこし持ち上がってフワリとふくらむような景色。

ちょっと楽しくなり幸せになる景色のなかの発見。
世界はそんなきらめきであふれています。

西郡友典

−青い空、青い海の1ページから始まる気持ちのよい写真集ですね。拝見した後、思わず旅に出たくなりました。今回はどのようなテーマで制作されましたか?

西郡:自分の外がテーマです。自分の内ではなく自分を取り巻く外の世界、環境といったらいいでしょうか。「外を見てみましょう」というような話です。

−1番気に入っている写真は何ですか?

西郡:表紙の猫の写真です。ネガの中で忘れ去られていたのですが、引っ張りだして、プリントしてみたら皆がいいよと言ってくれて。この写真は好きですね。

−日本だけでなく、異国の地も混じっているようですがどちらに行かれたんですか?

西郡:旅の量は結構あります。アイスランド、フランス、スウェーデン、デンマーク、カナダ、東京、九州、福島などになるでしょうか。

−気持ちのいい風が流れていて、それをキャッチされているように感じます。雑念がなく生活臭がしませんね。

西郡:カメラのおかげもあると思うんですが、撮るときは何も考えない人になっています。世界をよく観察するというか、よく見ているんです。
そうすると撮りたくなってくる。その最たるものがアイスランドのペットボトルの水の写真です。知らないうちに同じようなものに魅かれていて、気になったものを後で見てみると似ているんですよ。

街路樹の写真は、雨が上がって、夕方散歩に出たときに出会ったんです。もう夢中です。センサーが張れているといったらいいでしょうか。反射的に撮れるところまで敏感になっています。身体が持ち上がってきて、何でも撮ってやるという感じです。そこまでいかないとなかなか撮れない。見ていて気持ちが張れていると瞬間が抑えられる。そんな感じです。いろいろ考えてしまうとためらってしまうじゃないですか。スィッチが入るんです。スィッチオンなら撮れるんです(笑)。

写真を通してやりたかったこと。伝えたかった思い。

 

−西郡さんは福島出身でいらっしゃいますね。震災があって、閉塞感というか、厳しい環境、見えない危険が拭えないですよね。私は関東在住ですが、とても息苦しく不安な時間を過ごしました。でも写真集を拝見して、解放感がいっぱいで元気をいただいたんです。

西郡:今でもたぶん閉塞感は拭えないというか、自分はずっとそれを感じています。それは地震のせいなのか、何なのかはわからないんですが、でも震災前はもう少し気楽だったかもしれないとも思うんです。気持ちは変わっていくので何とも言えないんですが、絶え間なく余計なものに囲まれている感じがする。それとこの本がどう関係しているかはわからないんですけどね。

−故郷である福島の写真も織り交ぜられたんですよね。

西郡:地震が起こる前は故郷が大好きだったんです。単純に好きな場所であり、いわき市出身ということは勝手に自分の誇りでした。今はなんて言っていいのか、わからなくなっちゃったところがあります。

音楽をやっている人は、復興支援とは言わないまでも音楽を通して今まで以上に地元に関わっている。そういうこともあって僕も考えることが増えました。全面的にいいところとは言えないし、正直に言って、海は泳げるけれど、自己責任で泳がなくてはいけないし、食べ物の選択も自己責任。
いわきから、南浪江、大隈町は入れないし、夜の森は人が入れないのに桜が咲く。それらをロイター通信のカメラマンが取材で入って撮影していたんです。それを見たときに自分だったらどう表現するだろうと考えてみたんです。撮れるなら撮ってみたい、撮るということに対して自分自身は何がしたいのかと自問自答しました。

復興するということで変わっていくのか、どうなのか。ロイターのカメラマンが撮った写真は、そのままそこにあったという記録として撮られている。その写真を見て入れない場所があることも日常の生活の中ではすでに忘れがちになっている自分に気付きました。僕は残さなくちゃいけないことなんだと思ったんです。撮れるのか、撮れないかもしれないし、どうやって入って行けるのかという課題はあるんですが、考えるところがあります。

−この本を作られることで気持ちの変化はありましたか?光の集積のような、かがやく時の瞬間が捕えられていますね。

西郡:そうですね。こういう世界も常にあって、見ようとすればいくらでも見ることができて、それはどこにでも当たり前のようにあるものかもしれないし、でも、永遠に続くわけではない。僕は、その一瞬は見ているけれどその前後は知らないし、一瞬キラッと輝いて見えたというのは、気がしているだけで、それが本当の輝きなのか、そこまではわからない。通り過ぎた僕の視線に過ぎなくてそれが実際にあるのかどうか。でもそういう風に世界を見ることができる、ということでこの本を作ったんです。

−大きなメッセージがありますね。

西郡:そうですね。これを作るときはそういう気持ちでした。どういう風にも見ることもできるし、考え方もいろいろある。まるっきり逆のことも言えるんですけど、この写真集はそこを中心にして制作しました。全面的に世界は美しいです、すばらしいですということではなく、写真を通して世界を見てみよう、写真はそういうことができるんだよということを試してみたんです。

−冷静に制作されたんですね。

西郡:客観的に作りました。そういう風に語ってみてもいいのではないかということを表現したかった。でもどうなんでしょう?いきなりそういうテーマに辿り着いたわけではなくて自分の写真を見て、今まで撮ってきたものの中で、ネガティブな要素を感じられないもの、自分の思い入れが強くないもの、誰に見せてもわかりやすいもの、受け入れてもらえるものを追求していくと、共通したテーマが見えてきたんです。美しくも見えるし輝いても見えるし、そういうものって一瞬パッと誰もが気がついてはいるんだけれども、忘れていってしまうものなんです。

−わかりやすいもの、と言われていましたが、被写体を選び抜いてメッセージを含ませ、外に出て自分の環境を見てみようと言われたんですね。

西郡:自分の主観は極力排除したかった。主体はあくまで外のものであって撮っている僕ではないんです。それが自分では物足りなくもあるんですが、でも撮りたいものがありました。見せ方も実はいろいろあって、印刷して本にすることで、気軽に多くの人に手に取ってもらいやすくなり、少し軽やかな印象になります。プリントとしての写真自体は本とはまた別物で、直接的な力があります。

大きなプリントでスケール感を表現したい

−2013年は数カ所でこの作品の展示をされましたね。大判プリントを使用された作品は圧巻でした。


森岡書店にて(2013年9月)

西郡:大きく見せたかったんです。馬に出会った時のその感じをなるべく再現したかった。となると、本のサイズではなくなってくる。だから大きなプリントを制作して展示したんです。本よりも外の世界に近くなりました。
欲をいえば、インスタレーション的な表現、いろんな形にして空間構成をしてみたかった。サイズをもっと大きくして多重にしてそこら中に取り囲まれているようにしたり、転がっているようなプリントもあっていいんじゃないかと思ったんですよ。そこを縫うようにして見てもらえたらと思いました。ぶつかるかもしれないし、作品を踏んでしまうかもしれない。でもそうしたら作品を見る人も展示の場で作品を見る以外にも注意深くいなくてはならない。例えば森の中にいるような…。そんなことができたらよかったんですけどね。
そこまでやる体力や予算もなかったし、作ったものはゴミになっちゃうし。
出会って行くことを追体験してほしくて、考えてみたんですよ。

絶え間なく動き続ける視線は、自由に時空、時間を超えていく

−旅にはよく出られるんですか?

西郡:バックパッカーや旅好きな人に比べたら少ないと思います。取材で行くことがほとんどです。ハワイには1ヶ月ちょっと滞在したことがあります。そういうことをしてみたかったんです。休みたかったのかな(笑)。

−何か変化はありましたか?

西郡:写真は外で撮りますが、デジタルになったとはいえ、暗い部屋での作業がつきまといます。やっぱり明るい場所で、ある意味生かされていると思うんです。気候というのかな、気持ちがいいですよね。今まで目を向けていなかったことに目が向きやすくなります。若い頃は、サブカルチャー好きで、ロックバンドをやっていたり、何かと暗い部屋にいることが多かった。明るいところで光を浴びる、そういうことを続けて行くと幅が広がっていきます。それでスキューバダイビングも始めてみた。すごく面白くて、変わっていったと思うんですよ。水の中は違うし、水に対してすごく興味が涌きました。

−この写真集にも水がたくさん写っていますよね、天体の動きも写り込んでいて、太陽、月、空、山、海、猫…。それぞれに伸びやかで、大きく深呼吸して次にいこうよといわれているように感じられてきます。

西郡:いろんな風に解釈して受け取ってもらえるのが嬉しいですね。なんとなく感じてもらえるようなわかりやすいものにしたかった。この写真は、自分の話ではないし、誰もが共感できる、気持ちを託してもらえるような本にしたかった。写真はいけばいくほどわかりにくいものになっていくところがあります。コンセプチュアルな写真は、理屈はわかるけれども感覚的に面白くないというものもある。

また写真というメディアを追求していくと新しいものを追求するような、そちら側に特化していくところがあって、表現としての写真とはなんぞやみたいなところにどうしてもいってしまうところがある。これはそういうことではなく写っているものとしてわかりやすいものにしたかった。子供が見ても猫だということがわかる。これは外にいる猫なんだ、というように写真は現実を複写している。でもそのように見えて、ほんとはそうじゃないのかもしれないというか、そこにあったのかもしれないというか。ややこしい話にもなりかねないですが(笑)。

−日常にあるもの、出来事を写し撮ってはいるものの、非日常的な感覚が呼び起こされるような瞬間、世界観を表現されたということでしょうか。

西郡:イメージが共感できる、何かどこかで見たことがあるような気がするというような、おとぎ話の世界、ファンタジーでもあるようにとも思ったんです。リアルな話にはしたくなかったんです。リアルな世界ではなく、イメージの中でこんなものがあったかもね、というものに近づけたかった。

地球のどこかのお話として人それぞれ感じることが違っている。それぞれの現実があって、この世界だけということもありえる、そしてこれだけの世界で済むのかもしれないというようなことなんです。現に原発が破裂するようなことが陰で起こっていたとしてもそれでも人は住んでいて、別の世界でも幸せに人は暮らしている。こういう中でも生きて行けるというようなことになるでしょうか。

旅に出ましょうと本をめくって出会っていくとする。朝の海にポンと降りたって、目の前の世界がまさにこのように移り変って行くとしたらすごいと思います。こんな世界もあるのかもということです。この視線はある意味、魂の視線だと自分では感じています。絶え間なく動き続ける視線は、自由に時空、時間を超えていきます。

−魂というか、光、宇宙がありますね。サイズが全く異なる被写体を感覚的に非常に等しく扱われていて、とてもうまく編集されていると思います。

西郡:もしこの本を読んでくれる人がいたら、読めるようにと思いました。写真って読めるはずだから。そういう気持ちで流れもそうだし、寄ったり引いたり自由に視線が動くように、写っているものになりながらページを捲って見てもらいたいと思ったんです。こっち側に見ている人がいるというよりは、見ている人がこの被写体そのものになっていく。飛行機になったり、空になったり、猫になったり…。そんな気持ちで旅をしていくかのような、自然な流れになるように編集しました。そしてこれは写真好きな人だけではなく普段アート、写真を見ないような一般の人に広く見てもらいたいと思って作った写真集です。

−たくさんの方にご覧いただきたいですね。
ありがとうございました。

(2014年 フォルマーレ・ラ・ルーチェにて収録)


西郡友典プロフィール

写真家 福島県いわき市生まれ  東京在住
自身の作品発表のほか、広告や雑誌等、商業媒体での撮影を行う。
2001年 第23回キヤノン写真新世紀 優秀賞受賞
写真集「途切れ時間の夢」(2003年、青幻舎)
写真集「青い空の日に」(2012年、パイ インターナショナル)

ウェブサイト:tomonorinishigori.com/

お問合わせ:フォルマーレ・ラ・ルーチェ info@formarelaluce.jp

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